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日タイロングステイ交流協会

ピーマイ(新年)南・北・東旅紀行

2009年02月01日(日)

ピーマイ(新年)南・北・東旅紀行

 サワディー ピ-マイ クラップ! 今回の旅は、2009年(タイ仏暦2552年)の初日の出の撮影のためにチュンポーンへ行った後、そのまま列車でイサーンへ。ブリーラムのパノムルン遺跡からトラートのカンボジア国境など、年末年始4日間で移動距離約2,400km! まさに体力勝負の旅でした。まず旅の日程について書いておきましょう。

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旅程(2008年12月31日~2009年1月3日)

12月31日(水) 11:00 バンコク(南バスターミナル) ⇒ 18:30 チュンポーン着(VIP高速パス)(泊)
1月1日(木) サーイリー・ビーチ(初日の出)、12:46 チュンポーン駅発 ⇒ 20:50 バーンスー駅着(バンコク) (南線 特急列車)、(乗リ換え)22:10 バーンスー駅発(東北線 夜行急行列車)
1月2日(金) 04:50 ブリーラム駅着 ⇒ 07:20 パノムルン着(遺跡見学)、09:20 パノムルン発 ⇒ 17:10 トラート着(普通バス)(泊)
1月3日(土) 06:50 トラート市街発 ⇒ O:00 カンボジア国境着、09:30 国境発 ⇒ 11:10 トラート市街着(小型乗合自動車)、12:45 トラート発 ⇒ 18:00 バンコク(北バスターミナル)着(高速パス)

 

大晦日のチュンポーン市街

 初日はバンコクの南バスターミナルから VIP高速バス(横3列)に乗りました。年末の混雑を予想して早めに予約したにもかかわらず、最後列の隅っこの座席(この列だけ 4人掛け)しか残っておらず、やむを得ず窮屈な席での7時間の旅となりました。しかし、途中サムッサトーコーンでは塩田が広がる長閑な風景、ラーチャブリーの辺りでは遠くに奇妙な形の山々、さらにペッチャブリーでは以前行ったことのあるプラナコーンキーリー宮殿が山の上に見えたりして、昼の旅の楽しみを十分満喫することが出来ました。

 チュンポーンに着いたのは夕方。ホテルの周りをぶらつきましたが、町はあまり大きくなく大晦日というのに特に賑わいもありませんでした。初日の出を撮るポイントはどこが良いか、近くの食堂で夕食をとりながら聞いてみました。食堂のおばちゃん曰く、町から約 10 ㎞の距離のサーイリー・ビーチが良いと言うのでそこに決め、朝早く出発するのでこの日は9時には就寝しました。

 

サーイリー・ビーチで初日の出と初詣

 元日は5時起床。朝早かったためサムローもソンテウも見当たりません。やむを得ずバイクタクシーをつかまえて行くことにしました。走りながら運転手と話をしてみると、なんと 73 歳のおじいちゃん!それを聞いてちょっと心配になりましたが、結構しっかりした運転なので安心しました。ただ早朝で空気も冷たい上に半袖シャツでしたので、ガタガタ震えながら後部座席の掴まり棒にしがみついていました。

 

かつての勇姿を見せる魚雷艇(海軍記念館)

かつての勇姿を見せる魚雷艇(海軍記念館)

中庭側から見た本城遺跡(サイドビュー)

中庭側から見た本城遺跡(サイドビュー)

 

 

 

 

 

 なかなか目的地に着かないのでおじいちゃんに聞いてみると、町からビーチまで 22 ㎞あるとのこと。昨日食堂のおばちゃんに聞いた情報とは倍以上の違いです。バイクタクシーには今まで何度も乗りましたが、往復 50 ㎞もの距離を乗ったのは初めて。降りたときには寒さと恐怖で身体がこわばっていました。ビーチに着いたのは7時近く。晴れていれば初日の出が拝める時間でしたが、残念ながら曇り空のためほとんど太陽の顔は見えませんでした。

 ビーチにあるチュンポーン海軍記念館を見学。元海軍大将の銅像を祀った廟には、早朝にも関わらずたくさんの人がお参りをしていて、私も旅の安全と幸運を願いお参りしました。ここのお参り作法はちょっと変わっていて、線香と花に加えて爆竹を使います。線香と花を銅像のところにお供えし、爆竹は少し離れたところの小屋の中で火を付けます。背中を向けて耳を手でふさいで爆音を我慢します。そうすると悪魔祓いが出来て幸せが来るのだそうです。

 遅い朝食の後、またバイクタクシーでチュンポーンに戻りました。往復のチャーター料金は700バーツ。ちょっと高い気もしましたが、 73 歳で未だに現役の運転手(パドゥンさんといいました)さんへのご祝儀として気持ちよく渡しました。

 

チュンポーンからバンコクを通り過ぎてブリーラム(パノムルン遺跡)へ

 チュンポーン駅 13 時発の特急列車に乗ってバンコクへ。ホアランポーン駅でブリーラム行きの列車に乗り継ぐはずでしたが、列車が 1時間以上遅れたため、急遽手前のバーンスー駅で乗り換え、なんとかうまい具合に乗り継ぎが出来ました。ただ寝台が取れずに普通の椅子席で約7時間。ブリーラムには翌朝5 時前に着きましたが、睡眠不足で頭がすっきりしない1日となりました。

 休む間もなくバイクタクシーでバスターミナルへ移動し、パノムルン遺跡方面へ行くバスに乗り込みました。朝5時半に出発ということもあって乗客はたったの3人。車掌に降りるところで教えてくれるよう頼んでおいたため、無事パノムルン遺跡への入り口の町バーンタコーで降りることができました。ここからはまたバイクタクシーですが、往復 400バーツで交渉成立。以前来たことがあったため相場は大体分かっていました。

 パノムルン遺跡は山の上にあるので結構な坂を上ります。平地を走るのと違って坂道ではお尻がずり落ちてきて、しっかり掴まっていないとバイクから振り落とされそうです。 30 分掛けてやっと頂上にある遺跡に到着。約 1年半前に来ましたが、やはり目の当たりにする遺跡はすばらしく、昔が偲ばれる思いがしました。タイ全土に点在するクメール遺跡群の中ではピマーイ遺跡が最も有名ですが、遺跡の大きさではピマーイを上回るもので、近年歴史公園として修復が終わり綺麗に整備されています。歴史好きの人にとってはぜひ一度は訪れてみたいところです。

 

オンボロバスの車中での出会い

 バーンタコーからトラート行きのバスは、オンボロで座席が傾いている路線バス。横2+3の5人掛け座席は超満員で身を小さくして座っていました。途中サケーオ、チャンタブリーを経由してトラートまで8時間の道のりです(タフな私もさすがに疲れました…)。

 途中で若い夫婦が乗ってきて隣同士になったのですが、男性はトラート在住のソムサックさんといって、新年の休みを使って奥さんの実家コラートに行った帰りだったそうです。仕事のことや家族のことなど40 分くらい話をしていましたが、そのうち話題も尽きてどちらからともなく寝入ってしまいました。

 乗っていたバスはチャンタブリーが終点だったのですが、トラート行きのバスに乗り換えた後もまたソムサックさんと一緒になりました。今夜トラートに1泊するがまだホテルを決めていないと言ったら、もしホテルが見 つからなければ家に泊めてくれると言ってくれました。バスの中で知り合ったばかりの私にそこまで配慮してもらい感謝感激でした。トラートでは幸いにも空きホテルがあったので、ソムサックさんに電話をしてお断りとご配慮へのお礼を伝えました。その後夕食を取りに町に出ましたが、時間も遅かったのでナイトバザールを見ただけで引き上げました。

 

新年のカンボジア国境

ソムサックさんと後ろはオンボロバス

ソムサックさんと後ろはオンボロバス

 
タイ-カンボジア国境(遠くにカジノが見えます)

タイ-カンボジア国境(遠くにカジノが見えます)

 

 

 

 

 

 最終日は朝7時前にホテルを出発してカンボジア国境へ。この日の午後にはバンコク行きのバスに乗るため、バスで行っては間に合わないと思い、車をチャーターすることにしました。国境往復200㎞で5時間の道のり、少し高かったけれど700バーツで交渉成立。途中クローンヤイという漁村に立ち寄り休憩しましたが、ちょうどお寺で新年のお祭りが開かれており大勢の人で賑わっていました。さらに走ること20分で国境付近に到着。トラートの国境地帯は約40㎞に渡ってタイ国領土が細長く(幅1㎞程度)続いており、隣のカンボジアからの越境者が多いため検問所は臨時も含め6箇所もありました。

 国境に着いて驚いたのは観光客(特にヨーロッパ人)の多さ。カンボジア側には大きなカジノがあるため、バンコクから観光バスで大勢やって来るそうです。イミグレーションはメーソートにあるような立派なものでなくバラック建ての小屋でした。他に特に見るものはなく僅か30分の滞在で帰路につきました。帰りの車は時速120㎞くらいで走ったため11時過ぎにはトラートに到着。バスターミナルから高速バスに乗って夕方にはバンコクに帰ってきました。

 

「コンテンツ提供:D-Mark Magazine」 ref.同誌第15号掲載PDF版

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