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日タイロングステイ交流協会

南部タイ旅紀行 ~スラータニー・キーリーラットニコム・ナコンシータマラート~

2008年11月01日(土)

南部タイ旅紀行

スラータニーキーリーラットニコムナコンシータマラート

 

今回はタイ南部スラータニー県のキーリーラットニコム、ナコンシータマラート県への旅です。私は「タイの鉄道(国鉄)全線に乗りたい」という大きな目標を持っているのですが、つい最近スラータニーからその距離わずか38kmの鉄道があるという事を知りました。この線の終点がキーリーラットニコム、ということで、どうしてもこの鉄道に乗ってみたくなった私。今回は以下の旅程です。

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旅程(2008年10月18日~21日)

10月18日(土) 19:30 ホアランポーン駅発(夜行急行寝台列車2等)
10月19日(日) 08:00 スラータニー駅着(駅のあるところの地名はプンピンといい、スラータニー市は駅から14kmも離れたところにあリます。)
⇒ スラータニー市 ⇒ ドーンサック(サムイ島行きの船乗リ場) ⇒ プンピン(バス)
16:55 スラータニー駅発 ⇒ 17:55 キーリーラツトニコム駅着(普通列車)(泊)
10月20日(月) 06:00 キーリーラットニコム駅発 ⇒ 07:00 スラータニー駅着(普通列車) ⇒ 08:00 スラータ二一市発 ⇒
11:00 ナコンシータマラート着(バス) ⇒ 15:00 ナコンシータマラート駅発(夜行寝台)
10月21日(火) 07:15 バーンスー駅(バンコク)着 ⇒ 08:15 会社着

 

スラータニーへの列車の旅

 列車はホアランポーン駅(バンコク中央駅)を定刻に出発。すぐに寝台のベッドメーキングが始まり、横になっていたら疲れが残っていたせいか8時半ころには眠ってしまいました。翌朝5時ごろ目が覚め顔を洗った後、向かいの席の男性にスラータニーのことを聞こうと話かけてみました。その人はスラータニーに実家があって帰省するところでした。聞いてみるとあまり見るところがないというスラータニーは素通りして、まずはサムイ島行きのフェリー乗り場のあるドーンサックまで行くこととしました。しかしここでハプニング、スラータニー駅からバスに乗ったのですが、間違えて途中の町カーンチャナディットのバスセンターで降りてしまったのです。仕方がないのでここでロットゥー(小型乗合自動車)に乗り換えドーンサックに向かいました。ドーンサックの桟橋には11時前に着きましたが、夕方5時にはスラータニーに戻って列車に乗らなくてはならなかったので、今回サムイ島に行くのは断念しました。せめてサムイ島に行く雰囲気だけでもと思い、ちょうど11時に出航したフェリーを写真に収めました。次回は必ずサムイ島を訪れようと思いながら1のバスに乗ってスラータニー駅に戻りました。

 

スパチャックさんとの出会い

車掌さん二人とディーダーちゃん

車掌さん二人とディーダーちゃん

雑草に埋もれた線路(キーリー付近)

雑草に埋もれた線路(キーリー付近)

 

 

 

 

 

 スラータニー駅には15時に到着、駅の案内所でキーリーラットニコム(以下「キーリー」と書きます)の宿のことを尋ねましたが、キーリーにはホテルはないとのことで大弱り。どうしたらよいか約15分間案内所の職員(名前はニットさんといいました)に相談しました。18時のキーリー到着後すぐバスでとんぼ返りできないか(キーリーでの最終バスは18時にはもうないとのこと)、誰か知り合いがいたら何とか泊めてもらえないか等など、結局ニットさんも根負けしたのか、彼らが宿泊する鉄道官舎に宿泊できないか、車掌さんに話をしてくれることになりました。

 列車は定刻(16時55分)にスラータニー駅を出発しましたが、心配だったので早速車掌さん(スパチャックさん)を探して、宿泊について相談しました。車掌さんはとても親切な方で快く宿泊を受け入れてくれました。たまたま学校が休みだったために連れて来ていたお孫さん(ディーダーちゃん)と、もう一人の車掌さん(チャルーンさん)も話に加わって、列車の中で4人で話の花を咲かすことが出来ました。ディーダーちゃんは活発で話し好きな女の子で、家族のことや学校のことなどいろいろな話をしてくれました。おじいちゃんの働いているこの路線にはよく遊びに来るらしく、列車の発車合図(安全を確認して窓から緑の旗を振って運転手に発車OKを知らせる)を送る手伝いをしていました。

 

楽しい食事のひととき

楽しい夕食(右端がスパチャックさん)

楽しい夕食(右端がスパチャックさん)

ナコンシータマラート市のラックムアン

ナコンシータマラート市のラックムアン

 

 

 

 

 

 1時間の列車の旅で「キーリー」に到着。周りはもう暗くなり始めていました。私はどうしても終点キーリーの線路の終端を見てみたくて、線路を歩き始めたのですが、ディーダーちゃんも行くと言い一緒に歩きました。帰ってきたらキーリー駅の駅員チャイラットさんも加わって皆で食事の用意をしていました。器用にまた慣れた手つきでいろいろな料理(野菜の炒め物、玉子のオムレツ、焼き魚、激辛の野菜のヤムなど)を作り上げ、手際よく食卓に並べて行きました。ご飯が炊き上がるといよいよ楽しい夕食の始まりです。まずは皆でビールやお茶で乾杯。食べ始めると、作った本人の講評も入って、やれ辛いの・しょっぱいのとわいわい言いながら楽しい食事になりました。最後にスパチャックさんから「こんなところには日本人は来たこともないのに、あなたはなぜ来たのか?」と聞かれました。「私は列車に乗りたかっただけですが、たまたま結果がこうなりました」と説明しましたが、どうも納得できなかったようです。

 寝る前に水浴びをというご好意に甘え、浴室をお借りしました。鉄道官舎といっても木造2階建てのかなりの時代物で、階段も傾いていておまけに薄暗いため上るのにかなり注意が必要でした。浴室もタイの田舎によくある、水の入った大きな水瓶から柄杓で水を汲み身体にかけるといったものでした。寝室はチャルーンさんと相部屋で10畳くらいの広さです。寝る前に横になりながらチャルーンさんと30分くらい四方山話をし、その後眠りにつきました。

 

ナコンシータマラートの町歩き

 翌朝は6時の列車に乗るため5時起床。結局キーリーの町は何も見ないままお別れです。列車は途中の駅で野菜や果物などを積み込み、一路スラータニーへ。この列車は1日1往復で普段は学生が多く利用しています。スラータニー駅に着いて車掌のお二人に心からのお礼を言って別れました。腹ごしらえをしてからスラータニー市のバスセンターに行き、そこから3時間かけて次の訪問地ナコンシータマラートに到着です。ナコンシータマラートといえば山田長政終焉の地。遠藤周作著「王国への道」(新潮文庫)を読むと、タイ国地理を知らない方も身近に感じるかと思います。

 

ナコンシータマラートに大ブランコが

ナコンシータマラートに大ブランコが

 まずは、ワット・プラマハータート寺院を再訪問。以前は改修工事中で本来の姿を拝めなかった美しいチェディーが、完全に修復されて真っ白なその華麗な姿を見せてくれました。本堂の仏様に旅の安全を祈願して寺院を後にしました。次に、ナコンシータマラート市のラックムアン(市の柱)を訪れました。これは昨日訪れたスラータニー市にもありましたが、いわば町を造る時の基礎となる柱(ビルの定礎のようなもの)を祭った祠で、守護神が宿るとされて大切に祭られています。どこのラックムアンもそうですが、中には2〜3mの柱が安置されていて、いつでも花や線香を持った人がお参りをしています。最後は、大鳥居のある公園。バンコクにあるワット・スタット寺院の大鳥居(通称大ブランコ)はご存知と思いますが、ここのミニチュア版の高さはおよそ10mでバンコクの半分です。

 町歩きを楽しんだあとは、ナコンシータマラート駅から15時発のバンコク行き夜行寝台に乗りました。途中スラータニー駅を列車が通ることになっていたので、キーリーでお世話になった皆さんへのせめてものお礼の気持ちとお土産を用意しました。スラータニーでの僅かな停車時間に案内所のニットさんのところに持って行きましたが、時間が遅かったためすでに帰宅したとのこと。やむを得ず別の方にお土産を預けて来たのですが、次の日わざわざ電話でお礼を言ってこられました。今回の旅行で、タイ人のやさしい心遣い、そして本当に困った人の立場にたって親身になって世話をしてくれる親切心を改めて強く感じ取りました。

 

「コンテンツ提供:D-Mark Magazine」 ref.同誌第12号掲載PDF版

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